トランスボーダーサイエンスキャンプ

筑波大学TRiSTARのGPである「トランスボーダーサイエンスキャンプ」(以降、サイエンスキャンプもしくは本取組と記載)では、様々な分野のフェロー・プリフェローが持つポテンシャルから、異分野・異業種との共創を導き出す「俯瞰力」の醸成を図るため、リトリート形式によるハイレベルな研究交流会として毎年度開催しています。
この度、総合支援事業の安浦PD、小泉PO、事務局にてトランスボーダーサイエンスキャンプを見学し、TRiSTAR事務局の皆様とR8年度のサイエンスキャンプの企画に携わったフェローの皆様にインタビューを行いました。
※先生方の所属・役職はすべてインタビュー時のものです
泊りがけで集うことが生む、密度の高い交流
事務局:
トランスボーダーサイエンスキャンプを実施する意義や、本取組の特徴を教えてください。
大矢晃久先生(以降、大矢):
大きな特徴の一つは、参加者が泊まりがけで一つの場所に集まることです。通常、セミナーやイベントを開催する際は、まず参加しようというモチベーションを持っていただくことから始めなければなりませんが、イベントの内容やテーマががっちり決まっていると、そのようなモチベーションを持っていただくハードルがあがってしまいます。しかし、このキャンプでは、特定の研究テーマを前面に出すのではなく、「まず皆で集まり、議論し、交流すること」を入口にしていることから、参加のハードルが他のイベントに比べて低くなっているように感じます。参加ハードルが低いとそれだけ多くの参加者が集まることになり、必然的に参加者同士の交流も活発になります。実際にその場に来て、同じ時間を過ごすからこそ、普段よりも密度の高いコミュニケーションが生まれることがこの取組の大きな特徴であると考えます。
参加者アンケートでも、トランスボーダーサイエンスキャンプに対する評価は非常に高く、TRiSTARの取組の中でも特に満足度の高い企画の一つになっています。そのため、毎年継続して実施する意義が大きいと考えています。

設計されたプログラムの外側で生まれる、予想以上の効果
事務局:
本取組を始めるにあたって、当初の想定を超えた育成効果があれば教えてください。
鳥羽岳太様(以降、鳥羽):
R8年度のトランスボーダーサイエンスキャンプは、フェローの発案を中心に企画した初めての試みでした。用意したプログラム自体にも大きな効果があったと考えていますが、予想以上に大きかったのは、むしろプログラム外の時間です。移動中の雑談や、夜に飲み物を囲みながら話す時間に、研究の深い話や、時にはプライベートな悩みの相談までもが生まれました。こうした経験から、泊まりがけの「キャンプ」という形式そのものに大きな価値があると感じています。

竹下暢昭様(以降、竹下):
「この研究者とこの研究者なら良い共同研究が生まれるかもしれない」となんとなく想像しながら毎年キャンプの準備を進めていますが、実際には、運営側の予想とは異なる組み合わせから新しい連携が生まれることがあります。偶然の出会いから、当初は想定していなかった共同研究や相談関係が立ち上がることも、この取組の面白さです。

新道真代様(以降、新道):
異分野交流というと、専門外の人へ説明する力やコミュニケーション力が伸びることで、異分野融合や産学連携など他分野/他業種との共創を導き出す力である「俯瞰力」の育成につながると考えがちです。しかしアンケートでは、他分野に触れたことで「自分の専門性がより深まった」「自分の研究の立ち位置が分かった」と回答する方が多くいました。他者との対話が、自分自身の専門を捉え直す機会になっており、専門分野の研究を長期的なビジョンを見据えて深化させていく力である「専門深化力」の育成につながっている点は、予想以上の効果でした。

中西千佳様(以降、中西):
大学やキャンパスが異なると、日常的なイベントには地理的・時間的な理由で参加しにくい場合があります。しかし、トランスボーダーサイエンスキャンプは、参加するとなると宿泊することが前提になりますので、帰りの移動時間などを心配する必要がなくなり、時間の余裕ができます。また、日常的に研究を行っている場所・コミュニティとは違う環境に身を置くことで、所属大学を越えて新しい刺激を受けられる貴重な機会になっていると思います。

森かずみ様(以降、森):
同じ大学に所属していても、部局や専門分野が違えば、じっくり話す機会は意外に多くありません。このキャンプでは、学内の異なる分野の研究者が悩みを共有し、学内での新たな取組を考えるきっかけも生まれています。もちろん、大学を越えた交流も活発で、ラボ運営の相談から共同研究の可能性まで、幅広い対話が行われていることも本取組の大きな魅力であると思います。

古田忠彦様(以降、古田):
自分の専門を深めることに日々取り組む研究者は多いですが、異分野に触れる機会を日常的に持てている研究者はそう多くはありません。サイエンスキャンプの中で一晩を一緒に過ごし、余白のある時間の中で話すことが、新たな発見や気づきにつながっていると感じます。

榎本美由貴様(以降、榎本):
日々の喧騒から少し離れたリトリートのような環境も非常に重要です。普段はゆっくり昼食を取ることさえ難しい研究者が、あらかじめ余裕のある時間を確保されることで、これまで接点のなかった人と自然に言葉を交わせます。知り合いを介した新たなつながりも生まれ、横の関係が広がっていくことも大きな育成効果のひとつだと思います。

ポスターセッションを「発表の場」ではなく「人を知るための場」にする
事務局:
ポスターセッションを活発な交流の場にするために、どのような工夫をしていますか。
松田壮一郎先生(以降、松田):
対面かつ合宿形式で実施していること自体が、ポスターセッションの活発さに大きく影響しています。一般的な学会では、別の会場へ移動したり、会場の外へ食事に出たりする選択肢がありますが、このキャンプでは、皆が同じ場所で同じ時間を過ごすため、自然にポスターの前に人が集まり、対話が始まります。オンラインでは生まれにくい偶発的なやり取りが、対面では起こりやすくなりますので、合宿形式であることが肝なのだと思います。

浦朋人先生(以降、浦):
通常の学会発表のように、最新の研究成果を新たにまとめ、完成度の高いポスターを準備することを必須にはしていません。過去のポスターを事務局が保管し、再利用できるようにすることで、参加者の準備負担を抑えています。準備に過度な労力をかけずに参加でき、内容も専門的になり過ぎないため、交流の入口として機能しやすくなっているのです。また、工夫点ではありませんが、TRiSTARの先輩フェローが共同研究の可能性のあるフェロー同士をつなげようと動いてくださることも交流の活発化に大きく貢献していると思います。

黒木菜保子先生(以降、黒木):
初めて集う人同士でも、事前に相手の研究や人柄をおおまかに知ってからポスターを見に行けるようにするため、今回はポスターセッションの前に、一人1分間のピッチを設けました。ピッチのテーマも、単なる研究紹介ではなく、共感や共通の話題が生まれ、アイスブレイクにつながる内容になるよう、フェロー同士で時間をかけて検討しました。

竹下:
ポスターの配置にも工夫があります。同じ分野をまとめるのではなく、あえて分野を混ぜ、会場を動く中でさまざまな研究が目に入るようにしました。毎回同じ並び順にせず、ランダム性を持たせる案もフェローから出されました。
新道:
今回の形式は、複数回のミーティングを重ね、従来のキャンプの運営をフェロー自身がアレンジして作り上げたものです。過去のキャンプで集積したノウハウをうまく活用することができた結果、たどり着いた形でもあるのです。
斉藤毅先生(以降、斉藤):
私自身は、ポスターセッションを研究成果の発表の場というより、人と人がつながるための場であると捉えています。まず相手を知り、その後で「どのような研究をしているのか」を聞く。そこで研究上の共通点が見つかれば、さらに相手を知ることができます。共同研究を考えるうえでも、最初に人としてつながることが重要だと思います。

交流を強制せず、偶発的な対話が生まれる「余白をつくる」
小泉周PO(以降、小泉):
もし時間が許すとしたら、さらに内容を充実させるため、どのようなコンテンツを追加しますか。

斉藤:
個人的には現在のコンテンツがすでにかなりバランスの取れたものとなっていると思います。コンテンツやタスクを増やし過ぎると、参加者が疲れてしまいますので、今回は意図的に休憩時間を長めに取り、自由にコミュニケーションできる時間を増やすことを意識しました。
松田:
こだわったのは、「交流してください」と目的を定めた時間をあえて設定しないことです。交流を義務化するのではなく、偶発的なやり取りが起こりやすいように、時間と空間にバッファを設けています。強制された交流よりも、自然に始まった関係の方が参加者の負荷が少なく、その後も続きやすいと考えています。
竹下:
事務局が企画すると、つい良かれと思って多くの内容を詰め込みがちですが、今回はフェローが企画に入ることで、その詰め込み過ぎを抑え、参加者が自発的に動ける余白を確保できました。
回を重ねることで育つ、参加者同士の空気と文化
事務局:
トランスボーダーサイエンスキャンプへの参加は、ご自身の研究活動や研究者としてのつながりにどのような影響を与えましたか。
斉藤:
私は第1回のサイエンスキャンプから参加していますが、最初は全員が手探りの状態でした。その中で知り合いができ、次の回で再会して、また話すという積み重ねが繰り返されるうちに参加経験のあるフェロー間での関係性が構築されます。過去に参加したフェロー同士の関係が構築されることで、新しい参加者にも自然に声をかけやすい雰囲気がうまれ、一緒に過ごせる環境ができているのだと思います。サイエンスキャンプで構築した他の研究者との関係性そのものが自分の研究の幅を広げることにつながっていると思います。
浦:
私は今回が初参加でしたが、先輩フェローが作ってきた素敵な空気感を強く感じました。来年以降も参加し、今度は自分が新しい参加者をつなぐ側になり、この空気感を受け継いでいきたいと思います。また、日々の研究では、先輩研究者がどのように困難を乗り越えてきたかを聞く機会は多くありませんので、研究がうまくいかない時期もあるという率直な話を聞けたことは、大きな励みになりました。

黒木:
企画段階では、すでに顔見知りの先輩フェローの中に入っていけるのか不安もありましたが、自然に仲間に入れてもらい、文系から理系まで想像以上に幅広い分野の研究者と話すことができました。分野が離れていても共通点が見つかり、今後もつながっていけそうだと感じています。
松田:
このキャンプは、新学術領域の会議などと似た活気がありながら、過度に緊張することなく、心穏やかに参加できるところが特徴です。私は研究評価や政策評価に関心を持っており、TRiSTARの中で何か新しい試みができるのではないかと考えておりました。それを新道さんにお伝えしたところ、サイエンスキャンプの企画に誘っていただき、今回参加につながりました。この経験を次の研究へつなげたいと思っています。
斉藤:
サイエンスキャンプを通して、実際にフェロー同士の共同研究が複数生まれております。このような取組での対話を通じて、「一緒にやってみよう」と思える人間関係が形成されていることが各フェローの研究活動に非常にポジティブに働いていると思います。
松田:
対面でしっかり交流した経験は、共同研究だけでなく、シンポジウムや新しいプロジェクトの企画にもつながります。すぐに成果が出なくても、後になって「そういえば、あの人がこのテーマに取り組んでいた」と思い出した時に、声をかけるハードルが大きく下がるのです。

他大学で実施するために欠かせない運営上のポイント
事務局:
本取組を他の大学や研究機関が取り入れるにあたり、企画側としてコツやTipsがあれば教えてください。
新道:
まず、会計ルールの確認は非常に重要です。支出できるものとできないものを事前に整理し、大きな会場や宿泊施設を確保する必要もあるため、担当部署と早い段階から密に連携する必要があります。また、研究者には育児や介護などのライフイベントを抱える方もいます。そのような研究者を取りこぼさないようにするために、研究者の声を企画段階から取り入れることで、宿泊場所や運営方法を含め、参加しやすい仕組みを作ることが大切です。このような工夫を行う上での地盤を固めるためにも、まずは大前提となる会計ルールを把握しておくことが非常に重要だと思います。
松田:
個人的には、URAや事務局が実務を担える体制が不可欠だと思います。研究者自身に宿泊予約、鍵の手配、日程調整などを任せると、負担が大きくなり、継続が難しくなります。TRiSTARでは、事務局がロジ周りの全ての実務を担っているからこそ、フェローは企画内容や交流に集中できているのだと感じます。参加者が負担だと感じた瞬間に継続的な開催は難しくなってしまうので、フェローが主体でありながら、フェロー任せにはしないことが重要なのではないでしょうか。
小泉:
たとえイベントの企画に熱意のある研究者がいたとしても、URAや事務局がロジ周りの実務を担当すべきなのでしょうか。
松田:
そうだと思います。特定の熱意ある人だけに依存すると、その人が離れた時に取組が止まってしまいます。担当者の献身に頼るのではなく、組織として支える仕組みを整えることが、継続可能性につながるのだと考えています。
斉藤:
もう一つ重要なのは、プログラムを固め過ぎないことです。時間割や行動を細かく指定し、交流を義務化すると、長く続けることが難しくなります。
大矢:
このキャンプは、研究内容を評価することが目的ではありません。目に見える成果を最初から求め過ぎず、まずは「結果が出なくても研究者同士が自由に交流できる場を支える」という大学としての覚悟が必要です。その結果として、共同研究や新しい企画が自然に生まれると考えています。
また、実施規模も重要です。参加者が多過ぎると、一人ひとりが埋もれ、全員の顔と名前を把握しにくくなります。会場を見渡した時に、何となく全員の顔と名前が一致し、皆と話せたと感じられる程度の規模が、交流には適していると考えています。

研究者だけでなく、URA・事務局も「一人の参加者」として知り合う
松田:
今回の1分間ピッチでは、研究者だけでなく、URAや事務局のメンバーも自己紹介を行いました。研究者から見ると、URAや事務局が普段どのような仕事をし、どのような考えや目標を持って事業に関わっているのかを知る機会は多くありません。キャンプの中で互いを知ることは、支援する側とされる側という関係を越え、同じチームとして取り組むために非常に重要だと思います。
斉藤:
フェローの活動は、URAや事務局の支えなしには成り立ちません。相手の人柄や考え方を知っておくことで、学内の別の仕事で再会した時にも会話が生まれ、その後の連携が円滑になります。研究者とURAが一緒に何かを進めるための関係づくりという意味でも、この場は非常に価値があります。

初めて参加する研究者へのメッセージ
事務局:
同様の取組を他大学が取り入れれば、多くの若手研究者が参加することになると思いますが、トランスボーダーサイエンスキャンプに初めて参加される研究者の方々に向けて、アドバイスがあればお伺いできますでしょうか。
松田:
参加すれば、普段とは異なる人と対話する機会が得られます。ただし、すべての出会いがすぐに次の活動へつながるとは限りません。だからこそ、無理に成果を求めるのではなく、まずはその場で人と話し、自分とは異なる研究や考え方に触れる機会として参加することがよいと思います。

持続しながら、毎年のフェローの色に合わせて変化する
事務局:
今後のトランスボーダーサイエンスキャンプの展望や目指すところを教えてください。
大矢:
まず大切なのは、本取組を継続することです。現在のような、一人ひとりが関係を築ける規模感を保ちながら、事業終了後もどのように継続していくかを考えることが、今後の課題です。
斉藤:
継続すると同時に、変わり続けることも必要です。初期の参加者だけで強いまとまりができると、新しい参加者が仲間に入れないと感じる可能性があります。最初の頃の熱を次の世代へ伝えながら、新しいフェローが企画に入り、自分たちの手で変えていくことが重要です。今回、フェローがキャンプの企画に深く関わり、自分たちでより良くしようとする空気が生まれていることは、組織が「生きた文化」として成長している表れだと思います。
大矢:
このキャンプの主役はフェローです。毎年のフェローが自分たちの色を出して企画を作ることで、取組は自然に変化していきます。ただし、フェロー任せにするのではなく、URAと事務局がしっかり支えることが必要です。継続性を確保しながら、それぞれの年の参加者が作る交流の形を尊重していくことがキーとなるのではないでしょうか。
安浦寛人PD:
当初は、事業運営側やURAが中心となって準備し、手探りで始めた取組だったと思いますが、それが徐々にフェロー中心の企画へと変わっていったような印象を受けます。この取組が一過性のイベントではなく、大学の文化として根づいていくことを楽しみにしています。
